【掌編】おじいちゃんのサーバー

 緑の畑が広がる中に、赤い屋根の家が一軒。屋根はほとんど黒い太陽電池に覆われているが、赤い屋根が見えている一角がある。そこに向かって黒い荷物が少しずつ吊り上げられてゆくのが見える。荷物を吊り上げているのは若い女性だ。

 

「これで最後だな」

 日焼けした腕で、吊り上げた太陽電池を広げながらチカはつぶやく。これで、残っていた赤い屋根はすべて覆われてしまった。もうこれ以上電気容量を増やそうとすると、複雑で厄介な風力発電機を入れるしかない。

 晴れ渡った空から、傾きかけた太陽が照りつけてくる。ケーブルを繋ぎおわると、チカは発電状況を確認するため屋根を降りる。

 モニタは充分な発電量を示している。試しにサーバーを電源に接続し起動してみる。しばらく待つと、それは世界中に生き残っているサーバーたちと会話を始めた。遺されていた本物の写真、暗黒の時代に汚染されていない文章や記録たち。もういなくなってしまった貴重な生き物たちの記録を少しずつ送り届ける。代わりに、最新の気候情報や作物の情報などのデータが送られてくる。

 

 

 簡素な葬儀だった。

「なんだかわからないけど、難しい仕事をしてた人だったよね」

遺体が送り出されると、集まった親戚たちが思い出話を始める。

「昔は飛行機で世界中を飛び回ってたりね」

「今はもう一般人が飛行機に乗るなんてありえなくなったけどな」

「昔は葬式だって、こんなしみったれた発酵処理とか、再利用とか、そんなしみったれたことはなかった。重油をかけて綺麗に焼いて、お骨を拾ってたもんだ。火葬場にお骨だけ残して綺麗に焼く職人がいたんだわ」

大叔父がそんなことを言い出す。それに調子づいたのか、お酒が回ったのか、集まった男達が妙なことを言い始めた。

「それどころか、戦争のときは焼け跡で死体を並べてバンバン焼いたもんだ」

「隣国の輩が焼け跡を荒らしに来る前にな」

 

 扉が開く。慇懃な身なりの会場のスタッフが「落ち着きましょう」と男達を静かに、しかし決然と別室に連れてゆく。人が集まる場で強い感情や憎しみをあおる言動をした者は静かに隔離される。罰せられるわけではなく、落ち着ける部屋に隔てられるだけだ。あの戦争以降、そういうルールになった。

 

「それでね」

祖母が気を取り直したようにチカに話しかけた。

「あの人が残したサーバーがあるの。私にはちんぷんかんぷんだし、何の役にも立たないから、あなたに譲りたいの。貰ってくれる?」

 

 

 葬儀の後も、突然の大雨や日照りで畑仕事がてんやわんやだったので、おじいちゃんの形見のサーバーは押入れに眠っていた。その間に発酵処理されたおじいちゃんの身体の一部はこの畑にも戻ってきた。そのお陰で畑にも豊かさが戻ってきた。本当は気候が落ち着いたからだろうけど、優しかったおじいちゃんのおかげだと思ったほうが、チカの気持ちは落ち着くのだった。

 輪廻転生。チカはこの考えが気に入っていた。おじいちゃんの魂が宿った分子が、ぐるぐると天と地の間を行き来しながら世界を潤しつづけている。

 

 火葬が禁止され、遺体が発酵処理されて畑に戻されるようになったのは戦争以後のことらしい。戦争は多くの兵士を殺しただけではなく、大量のミサイルや戦車、戦闘機が排出した二酸化炭素によって、その後劇的な気候変動の最後の引き金を引いた。チカの幼い頃のかすかな記憶には、まだあの時代の痕跡が残っていた。居間は明るい照明で照らされ、大画面のテレビがつけっぱなし。隣のキッチンでお母さんがカチカチ、ボッとガスを着火する音。タブレットから流れてくるキラキラした動画。思わず目を惹く映像と音楽。

 あの戦争を引き起こしたのは、そういうSNSで扇動が行われ、みんなが戦争に投票したからだという。一度始まった戦争は泥沼化したが、煽られて先鋭化した人たちの声が大きくなりすぎて引くに引けなくなった。死ぬはずではなかった非戦闘員が、食料難と洪水でたくさん死ぬまでは。

 モニタをのぞくと、おじいちゃんのサーバーはゆっくりと通信を続けている。通信できるのも日が沈むまでのこと。でも、決してあわてる必要はない。やりとりは、少しのエネルギーで、少しずつすればよい。争いにならないためには、ゆっくりの方が善い。

 

 

 チカは再び屋根に登る。仮固定した太陽電池をしっかりと留めてゆく。嵐が来ても飛ばされないように。作業が終わると、少し汗ばんだ身体を北風が冷ましてくれる。

 遠くには街の廃墟も見えるけれど、去年まで荒れ地だったこのあたりは、なんとか一面、緑の畑と果樹園にすることができた。この田舎の農園には、朴訥な農家の仲間たちしか訪ねてこない。一致団結したがる人たちが跋扈する世界は遠くなった。戦後の混乱も少し遠くなった。面倒なことを言いたがる人、話が通じない人、付き合いたくない人は、こんな田舎まではめったにやって来ない。ここは私の楽園だ。

 おじいちゃんのサーバーを通じてなら、最新の気候状況や各地の作付け状況もわかるようになるだろう。さあ、今度は果樹の世話もしないといけない。手作りの畑と手作りのサーバーで、あちこちに散らばった私たちはときどきだけ繋がりながら、この荒々しい世界を生き延びてゆく。

 

 

もくじへ戻る